++ 捜査「つぶし」甘く、半世紀経て凶器争点 52年目の疑問 名張毒ぶどう酒事件++

2012.5.26初版

捜査「つぶし」甘く、半世紀経て凶器争点 52年目の疑問 名張毒ぶどう酒事件


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    中日新聞2012年5月26日
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捜査「つぷし」甘く
半世紀経て凶器争点
52年目の疑問 名張毒ぶどう酒事件


 半世紀が過ぎ、なお疑問は残る。名古屋高裁は二十五日、奥西勝死刑囚(八六)の七度目の再審請求を退けた。その決定は科学的根拠に裏付けされていない、と弁護団は厳しく批判する。奥西死刑囚を犯人と断じるには、いまだ疑問が解明されていないと。事件に翻弄さ れてきた地元は安堵するが、審理は最高裁へと移る。支援者は「まだあきらめない」と前を向く。

  「打ち勝っていたのに、横からレフェリーに殴られて負けを宣告された気分だ」
  奥西の再審が認められなかった二十五日。
弁護団の一人、稲垣仁史(四八)は、悔しさをボクシングの対戦に例えた。
  十年前、インターネットの掲示板を通じて情報を求め、とうの昔に製造中止となった農薬「ニッカリンT」の実物を探し出した。その実験結果が、第七次再審請求の有力な新証拠となった。
  毒物はニッカリンTか否か。今回の差し戻し審で弁護側、検察側の主張は真っ向からぶつかった。名古屋高裁は双方の主張を退け、独自の論理で検察の「勝利」と判じた。
  「不意打ちだ」「揚げ足取りに終始している」。稲垣ら弁護団は記者会見で釈然としない怒りをあらわにした。
  殺人事件で、最も重視されるはずの凶器。
事件から半世紀がすぎ、なぜいまだに毒物が争点となるのか。
  「こないだの症状と同じだ」。一九六一年三月の事件が起きた夜、三重県名張市葛尾で、瀕死の女性たちの太ももに次々と強心剤を刺しながら、医師武田優行(八四)は感じていた。
  葛尾と隣接する奈良県山添村で数日前、ニッカリンTを飲んで自殺した青年を検視していた。山添村では五年前にも、ニッカリンT入りのウイスキーで五人が死亡する事故が起きていた。
  事件から三日目。三重県衛生研究所は、飲み残しのぶどう酒の鑑定から、凶器は、茶畑を消毒する農薬「テツプ剤」だと発表する。
  テップ剤は当時、ニッカリンTのほか、「三共テツプ」など複数売られていた。後に科学論争の中心となる副生成物は、ニッカリンTには有り、三共テップには無い。重大な違いだ。
  同じころ、奥西が茶畑の消毒用にニッカリンTを購入していた事実が明らかになる。ちょうど容疑者の一人として任意聴取を受けていた。ターゲットは、絞られた。
  当時の県警の捜査報告書は「テツプ剤の捜査は薬局、販売所など二十七カ所、購入者四十二戸八十九人におよんだ」と幅広い捜査を強調している。
  弁護団の野嶋真人(五〇)は資料に基づき、製造中止のテツプ剤が残っていないか、訪ね歩いた。「警察が調べた購入者はニッカリンTだけ。聞き込むと、山添村の農協や名張市内の薬局で三共テツプが売られていたのに、調べていなかった」
  県衛生研の鑑定結果はテップ剤と言っただけ。商品名は特定していない。「テツプ剤の購入者を調べてから容疑者を絞り込むべきだった。順序が逆だ」と野嶋は批判する。
  「再審取り消しか。まぁそうだろうな」
  二十五日夜。三重県警の現役捜査員は勤務を終え、テレビのニュースを、驚き無く見ていた。
  自白には強要や誘導があったと弁護団は主張するが、調書を手に取って読むと「細かい状況までしっかりしている。いまでも通じる調書だ」と感じた。ただ、ほかの農薬の可能性の「つぶし」が甘かったとは思う。
一審で無罪判決を出した裁判官の一人は、三年前に亡くなった。
妻(七二)によると晩年、「農薬の実験をしっかりやれば良かった」と口にしたという。
   ■ ■
  凶器が違えば、奥西の自白は根底からくつがえる。事件からすでに五十二年目。その自白はなお、多くの疑問を投げ掛けている。
     (敬称略)

地元「やっぱり勝や」
事件のあった三重県名張市葛尾の住民は、再審不開始の決定に大きくうなずいた。この半世紀「犯人は勝だ」と口をそろえてきただけに、安堵感が強い。詰め掛けた報道陣は、葛尾の人口とほぼ変わらない五十人程度。普段は自然の苦しか聞こえない集落がざわついた。
  「やっぱり勝なんや」。当時懇親会に参加していた井岡健さん(七〇)は、遠くをみつめながら言葉をかみしめた。「やってなければ、あんなに細かく自白できないはずだ」との思いがある。
  無罪、死刑、再審請求と事件が揺れ動くたびに、住民の胸中には波風が立ってきた。五十年以上たっても終わらない現状に嫌気がのぞく。「もう思い出したくない。世間に忘れてもらいたい」。ぶどう酒を飲み入院した中井文枝さん(八二)がつぶやく。
  葛尾区長の福岡芳成さん(六三)は「どうせ特別抗告や第八次再審請求をするんやろ。終わりのない闘いや」とため息をついた。怒りの矛先は司法に向かう。
「いつまでもずるずると何をしているんだ。
巻き込まれる地元はたまったもんじゃない」と切り捨てた。

自白
  奥西死刑囚の自白に基づく確定判決によると、犯行前夜、ニッカリンTを竹筒に入れて準備し、当日朝、瓶を川に捨てた。
公民館で1人になった際にぶどう酒にニッカリンTを入れ竹筒はいろりで燃やしたりしかし捜査では川から瓶は見つからず、いろりの灰からニッカリンTの成分も検出されなかった。後に、自白した理由を「妻が犯人と報道され、自分が罪をかぶろうと思った」「後でうそと分かると思った」と説明している。

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◇関連サイト◇
◯ JanJanニュース:  一日も早く再審の開始を――名張毒ぶどう酒事件   --> こちら
◯ 松山大学法学部・田村教授「名張毒ぶどう酒事件・(再審決定取消決定論説=学内限定)  --> こちら
◯ 奥西勝さんを守る東京の会  --> こちら


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