和歌山毒物カレー事件 10年和歌山カレー事件の鑑定ミスはなぜ起きたか
癒えぬ住民の傷
和歌山毒物カレー事件
1998年7月25日、和歌山市園部地区で開かれた夏祭りのカレー鍋にヒ素が混入され、カレーを食べた4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒となった。捜査過程で林真須美被告と夫の保険金詐欺疑惑が浮かび、和歌山県警は同年10月、2人を逮捕。12月にカレー事件の殺人、殺人未遂容疑で林被告を再逮捕した。
一審・和歌山地裁は2002年12月、死刑を言い渡し、林被告が黙秘を撤回して無罪を訴えた二審も、大阪高裁が05年6月に控訴棄却。林被告は上告している。
和歌山毒物カレー事件から、25日で丸10年。きょう26日には現地で慰霊祭が行われる。自白のないまま一、二審で死刑判決を受けた林責須美被告(47)は、無罪を求めて最高裁へ上告中だ。今なお事件の影が色濃く残る現場の住民。「真犯人は名乗り出てほしい」と語る被告、弁護団。それぞれの”今”を迫った。(京都支局・芦原千晶)和歌山市園部地区。林被告宅跡は地元自治会所有の公園となり、花壇にはキョウチクトウやマリーゴールドの花も咲く。
川村憲三自治会長(五七)は「十年をきっかけに、風通しのいい苦の園部に戻したい」。憩いの場になればとテーブルも置き、今夏の慰霊祭を前に住民で草むしりもした。▼ ヒ素後遺症
しかし、まだ足を踏み入れられない人も。地元小学校の給食にカレーは出ないままだ。住民を見守ってきた地元交番所の丸山勝所長は「全体的に穏やかになったとは思う。ただ、梅雨どきに(ヒ素の後遺症で)手がしびれる人も。遺族も十年のことしは特にきつそう」と思いやる。
裁判を傍聴し続けた被害者の主婦(五三)は「二審判決で、いったん終わったこと。あの人がクロ。
上告の弁護団 「立証穴だらけ」
下級審判決 状況証拠を評価十年といっても何も変わらない。ただ、ヒ素を入れるところを見た人はいなくて百パーセント罪が立証されたとは思えない。新しい科学鑑定が確立され、有罪の新証拠が出てきてくれたら」。
「やっと十年を振り返れるようになった」と話すのは、あの日、カレー調理に携わった主婦(五一)。最高裁にも行くつもりだ。
一、二審判決は林被告宅とカレー鍋から発見された亜ヒ酸が同一なこと、被告がカレー鍋を一人で見張る機会があったことなど、状況証拠で有罪認定を行った。渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「一審判決は今でも状況証拠による有罪認定のモデルだ」と評価する。「動機解明の証拠はなくとも、混入された亜ヒ酸の量が強い殺意を物語ることは一審も控訴審も認めた。
被告は控訴審で娘と一緒にいたことなど当日の行動を弁解したが、一審の証拠評価を崩せなかった」▼ 2つの争点
「有罪にするには穴だらけの立証」と話すのは、上告審を担当する安田好弘主任弁護人だ。
「『林真裏美があやしい』と並べ立てて間接事実で判断しているだけ」
二〇〇五年秋、林被告と交流のあったロス銃撃事件の三浦和義元会社社長に請われ、弁護団に。
新旧五人の弁護士で、〇六年秋には上告趣意書を提出。その後も精力的に園部に足を運ぶ。「厳しい戦い」と険しい表情を見せつつも「(就任時より)無罪への思いは強くなった。『今だからこそ話せる』と当時のことを語る人もいる」。林被告以外に亜ヒ酸の混入機会がある人はいなかったか、住民証言などを補充書として提出するという。
争点は大きく二つ。まず、被告宅内の亜ヒ酸が付着していたプラスチック容器の押収が家宅捜索四日目と不自然なことや、亜ヒ酸の製造工場や製造時期が特定されていないことから、弁護側は同一性の鑑定に疑問を投げかける。
さらに、林被告が亜ヒ酸を混入したとされる一人でカレー鍋を見張った時間帯については「次女と一緒にいた」と主張。
住民によってTシャツの色や髪の長さなどの証言が異なるほか、同じ住民でも内容に変遷が見られることから、目撃証言の信用性も争う。
ただ、主張は一、二審弁護団とほぼ同じ。新証拠を出す予定はまだない。
今月二十日、和歌山市内で開かれた林被告を支援する会の集会。安田主任弁護人は、林被告と夫自ら、ヒ素を使って保険金詐欺をしていたことに触れ、語り掛けた。
「お金にならないことは何一つやらないのが林さん。この事件は誰かがいたずらや嫌がらせのために、ヒ素を入れた食中毒偽装事件ではないか。
真犯人は名乗り出てほしい」
▼ 裁判員制度
私は犯人じゃない
はたして、最高裁の判断は? 「今の最高裁なら、判決を覆すのは難しいでしょうね」と話すのは福島至・龍谷大法科大学院教授(刑事法)。
「ただ、被告宅の亜ヒ酸と鍋の亜ヒ酸が同じ成分とする鑑定はあるが、被告が亜ヒ酸を鍋に入れたという中心的な証拠がない。被告以外に犯行の可能性がないという大前提が新証言などで崩れれば、合理的疑いが生じる可能性もある」
もし、今回の事件が裁判員制度による裁判で裁かれるとすれば−。カレー調理に携わった先の主婦は「あの場にいたからこそ、林さんが犯人で間違いないと思う。でも、第三者の裁判員だったら、あの立証だけでは死刑が出されへんかも」。
福島教授も言う。「裁判員が有罪と判断しても、死刑の言い渡しには躊躇も生まれ、精神的に相当な負担がかかる。カレー事件は犯人視報道が過熱していた。理性で判断すべき事実認定が、特に感情でゆがめられた可能性もあったでしょう」
一方、先の渡辺教授は「この事件で、被疑者取り調べの録音録画が実現していれば、黙秘の不自然さが有罪証拠に加わり、裁判員は自白がなくとも有罪の確かな手応えを得た可能性がある」。
林真須美被告に面会
十八日朝、大阪拘置所の薄暗い面会室。水色Tシャツ姿の林被告が、にこやかに入ってきた。「今日はありがとうございます」。体調も良く、この二カ月はほぼ毎日、誰かが面会に来る。「事件から十年。事件に関心を持ってくれているのかな」
「私は犯人じゃない」「(真犯人は)生きているなら自首すべき」。最高裁に望むことは? 「無罪判決、即釈放」 遺族や被害者からの厳しい声には「もし(死んだのが)自分の夫や子どもだったら許せないと思うよ」。一方で「死刑になりたくないから逃げてるんじゃない」 「子どものためにも勝ち取らんと」。
十数分の面会時間中、時に感情を高ぶらせながらも、こちらの目を見ながら次々に語る様子は、どこにでもいる愛想のいい関西の中年女性という風。面会終了を告げられても透明な板越しにメモを見せ、最後に「冷たいコーヒー差し入れてもらわれへんやろか」。笑顔で手を合わせ、振り返り振り返り、出て行った。
双眼鏡を手に、報道陣の様子を見る林被告=1998年9月、和歌山市で
林被告の支援集会で弁護方針を説明する安田好弘弁護士(中央)=20日、和歌山市で
花壇やベンチのある公園となった林真須美被告の自宅跡地=21日、和歌山市で
ニュース・コメンタリー (2013年08月31日)
和歌山カレー事件の鑑定ミスはなぜ起きたか
報告:神保哲生
事件に使われたヒ素の再鑑定によって、既に死刑が確定している和歌山カレー事件に冤罪の疑いが出てきていることは、4月にこの番組で報道した(マル激トーク・オン・ディマンド 第628回・2013年04月27日「やはり和歌山カレー事件は冤罪だったのか」)ところだが、このほどなぜそのような問題が起きてしまったのかがより鮮明になってきたので、改めて報告したい。
夏祭りの炊き出しで出されたカレーに猛毒のヒ素が混入し、4人の死者と63人の負傷者を出した「和歌山カレー事件」は、林眞須美被告が否認・黙秘を続ける中、2009年4月に最高裁で死刑が確定している。4月の番組では、その裁判で林氏の犯行と断定される上での決定的な証拠となっていた「亜ヒ酸の鑑定」において、新たな事実が明らかになったことを、林氏の弁護人である安田好弘弁護士をスタジオに招いて、お伝えした。
その内容はこんなものだった。この事件では犯行に使われたとみられる現場付近で見つかった紙コップに付着していたヒ素(亜ヒ酸)と、林氏宅の台所のプラスチック容器についていたヒ素、そしてカレーに混入されたヒ素を鑑定にかけた結果、その組成が同じものだったことがわかり、それが林氏の犯行と断定する上での決定的な、そして唯一の物証となっていた。判決でもこの「組成が同じものだった」とされていたが、京都大学の河合潤教授が、鑑定のデータを再評価するために不純物をより詳細に調べた結果、実際はこの3つの資料の間には重大な差違があることがわかった。
犯行が林氏によるものとした最高裁の判断は、林氏以外にヒ素を入れられる者がいなかった、氏が鍋の中を覗くなど怪しい動きをしていたといった、状況証拠やあやふやな証言に基づくものが多く、3つのヒ素が一致したとする鑑定結果は林氏の犯行と断定する上で決定的な意味を持っていた。
今回の取材で明らかになった問題は、東京理科大学の中井泉教授による当初の鑑定が間違っていたのではなく、そもそも検察が依頼した鑑定の依頼内容とその依頼に対する中井教授の理解、そしてそれが報道や裁判で誤った形で一人歩きしていってしまったということだった。中井氏は、依頼された鑑定の内容は、林氏自宅のヒ素と紙コップのヒ素とカレーのヒ素の3つにどれだけの差違があるかを証明することではなかったと、雑誌「現代化学」の中で述べている。中井氏は検察から依頼された鑑定の内容を、3つの資料の差違を見つけることではなく、3つの資料を含む林氏の周辺にあったヒ素のすべてが同じ輸入業者の手を経て入ってきたものだったかどうかを調べることだと理解し、それを鑑定で確認したに過ぎなかったという。
目的をそのように解釈した中井教授は、有罪の決め手となった3つの資料の差違を詳細に分析はせず、3つの資料を含む10の資料のヒ素がすべて同じ起源を持つものであったことを確認するための鑑定しか行っていなかった。しかし、実際に林氏が自宅にあったヒ素を紙コップでカレーに入れたことを裏付けようというのであれば、その3つのヒ素の起源が同じであることを証明しただけでは明らかに不十分である。その3つがまったく同じものでなければならない。
弁護団から鑑定結果の再評価を依頼された河合教授がその点を疑問に思い、3つの資料について不純物を含めてより詳細にデータを再評価したところ、そこには大きな差違があることがわかったのだという。 ...
和歌山カレー事件で死刑判決の決め手となった鑑定結果をめぐり見えてきた日本の刑事司法の根本的な問題点と、今回の問題の中に、遠隔操作ウィルス事件とも共通した「司法と高度技術」の問題が見て取れる点などについて、ジャーナリストの神保哲生の報告を受けて、神保と社会学者の宮台真司が議論した。
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この最高裁の能書きが
唯のお念仏になっている 実際の裁判の現場では 「疑わしきを罰する」が常習のごとく行われている |
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著者:山下洋平氏 単行本: 256ページ 出版社: ソフトバンククリエイティブ (2009/11/16) ISBN-10: 4797353899 ISBN-13: 978-4797353891 発売日: 2009/11/16 アマゾン担当者が一足先に読んでくれて、気に入ってくれた。 そして、発売前にもかかわらず「話題の新刊ノンフィクション」としてカテゴリの最上段に据えてくれて、各書籍とリンクして紹介されるように異例の販促体制をとってくれた。--> こちら 話題の新刊ノンフィクション あなたはどう判断する? バスは止まっていたのか、動いていたのか? バスに白バイが追突し白バイ隊員は死亡、そしてバス運転手は逮捕された── しかし、バスの乗客は「バスは止まっていた」と証言、一方警察は「バスは動いていた」と主張。どちらが事実なのか? 運転手は無実ではないのか? 警察は事件を捏造したのか? 謎の多い事件の闇に鋭く迫ったルポルタージュ 『あの時、バスは止まっていた』。 これを読んだあなたの意見が事件の謎を明かす一歩となるかもしれない。 | 内容紹介 ◎ジャーナリスト 大谷昭宏氏推薦 白バイは“黒バイ”か 地方局記者が執念で迫る 「これです」 被告の支援者が数枚の写真を取り出した。 路面には黒々とした二本の筋。 裁判で有罪の決め手となった、スクールバスの「ブレーキ痕」だ。 「このブレーキ痕は、警察が捏造した疑いがあります。これは冤罪ではありません。警察組織の犯罪です」 ――二〇〇六年三月三日午後二時半頃、高知県旧春野町(現高知市)の国道五六号で、高知県警の白バイと遠足中のスクールバスが衝突し、白バイ隊員(二十六)が死亡。 バスの運転手、片岡晴彦さん(五十二)は現行犯逮捕された。 同年十二月には業務上過失致死罪で起訴され、翌二〇〇七年六月には禁固一年四カ月の実刑判決が高知地裁で下された。 その後、高松高裁、最高裁と判決は覆らず、二〇〇八年十月、片岡さんは獄中の人となった。 香川県と岡山県を放送エリアとする地方テレビ局「KSB瀬戸内海放送」。 同局の報道記者である著者のもとに突然、見知らぬ男性から電話が掛かってきた。 男性は、「この裁判は作られたものだ」と訴えた。 事件が発生した高知県のマスコミは、どこも耳を貸してくれない。 藁をもすがる思いで、かすかなつてを頼って県外の地方局の記者に連絡してきたのだ。 この一本の電話をきっかけに片道三時間半、著者の高知通いの日々が始まった。 法廷の場で結審されたとはいえ、不可解な点が多々ある高知「白バイ衝突死」事故。 本事件の闇を徹底的に追った渾身のルポルタージュ! ◎テレビ朝日『報道発 ドキュメンタリ宣言』の放送で大反響! |